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筒井康隆「時をかける少女」感想・書評。これはホラー小説だと思いました

ねこ

筒井康隆さん「時をかける少女」の感想・書評です。私はホラーだと感じました。レビューは以下から。

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筒井康隆「時をかける少女」感想・レビュー

時をかける少女は1967年に発表された筒井康隆さんのSF小説です。3度の実写映画化、そしてドラマ化やマンガ化など様々な媒体でメディアミックスされているロングヒット小説。

私は2006年にアニメ映画化されたものを見ましたがとても面白かったです。しかしそれはいわゆる新約、現代的な解釈で一新された別の話であり原作をそのままアニメ化したわけではありませんでした。

原田知世さんを主演とした原作の映画も絶賛されていたためいつかは見てみたいと思っていところAmazonで原作を発見、Kindleで購入し読んでみた次第です。

時をかける少女 (角川文庫)

結論を言うと時をかける少女はホラー作品だと思いました。逆にそうでないと納得できない部分を多々感じましたね。

映画やマンガなど他の媒体では、名作と呼ばれる古い作品にはやはりそう呼ばれる理由のようなものを感じてきました。何年経っても色褪せない、やはり楽しいものは楽しいのだと。

映像が白黒だったりCGが使えなかったり、単純な画力が低かったりデジタル処理ができなかったり。それでも面白いものは面白かったのです。

しかし時をかける少女はどうにも腑に落ちないモヤモヤを抱える結果となりました。感想を要点にして以下からどうぞ。ネタバレはありです。

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傍点の使い方がよくわからない

具体的にモヤモヤしたポイントは傍点の使い方。

傍点とは

圏点(けんてん)、傍点(ぼうてん)、脇点(わきてん)は、日本語で文字の強調を行うときに、親文字の脇または上下に付加する点のことである。

Wikipedia

 

文章の横につく強調表示。わかりやすく画像を載せると以下になります。米澤穂信さんの「愚者のエンドロール」より。

氷菓01

 

叙述トリックは、ドイルの時代には存在しない

この強調印は基本的に読者を驚かせる、衝撃の事実のようなものを突きつける時に使います。あるいは今まで説明してきた事柄になぜか差異が生まれた時など。

この傍点の使いどころが明らかにおかしかったです。太字にして一部を抜き出しますと、

こんなややこしい説明で、おとなしいきみを混乱させたくなかったからね。

一夫は、しばらく話すのをためらい、やがて嘆息した。

恨みっぽい和子の問いに、一夫ははっきりと答えた

しかし和子のからだは、ずんぐりむっくりの吾朗の手にあまった。

 

ただの日本語が至るところで強調されています。あまりに多かったので何かの伏線かと思って注意深く読んでいたのですが全く意味はありませんでした。

その一方で本来の使われ方もしています。

あの広い教室を掃除するのに、たったふたりだけだったんですよ。

浅倉吾朗の家の隣にあるふろ屋からは、火事は起こらなかった。

 

これは正しい使い方と言えます。なぜ「たったふたり」を強調するのかと言うと前回は三人だったから。なぜ「火事は起こらなかった」を強調するのかと言うと過去が改変された事を示しているから(とは言え私はこれすらも蛇足に感じましたが)。

この使い方で統一してくれれば問題はないのですが、前者のような使い方をされると深読みせざるを得ません。あと読点が異常に多く読みにくかったです…

 

メタ的な表現が気持ちを萎えさせる

メタ表現とは劇中よりも高次元の内容に言及するような表現の事。小説をテーマにした小説とか映画をテーマにした映画なんかはメタ作品と言えます。

作品全体のテーマとして扱っていればいいのですが、一部でこれをやられると正直冷めます。マンガの中で「そんなマンガじゃあるまいし」なんてセリフが出てきたら突っ込みたくもなるでしょう。

「無理ないさ。まるでSFだものな」

まるで少女小説ではないか——と、和子は思った。

 
こういうセリフをSF小説内で言うのはなんだか安易な気がしました。

 

話の展開に納得のいかない部分がある

私はどうにもシナリオに矛盾を感じました。不備と言ってもいいです。

未来人である一夫は和子に「君の記憶を消さなくてはいけない」と告げます。歴史を変える事はできずそこにつけ込む人間が出てきたり騒ぎが大きくなるから、と。

一夫は未来に帰る時に宣言通り関わった人間の記憶を消していくのですが、それにも関わらず歴史を変えているのです。具体的には地震、火事、そして翌日の交通事故。

このラストには別の意味で驚きました。未来で罰せられるからと言って記憶を消していったのに。

一夫の立場で考えてみると選択肢は二つあります。過去を変えるか変えないか。それはシナリオにすると大まかに2つの道筋になります。具体的には以下の通り。

未来は変えられずに和子は交通事故に遭う

未来で罪となろうとも和子への愛を貫き過去に留まる

このどちらかであれば話としては成り立ちます。前者は後味は悪いですがオチのインパクトとしては悪くないでしょう。世にも奇妙な物語のようなテイスト。

後者は陳腐かもしれませんが納得のいく終わり方と言えます。ただ一夫がそこまで和子に惹かれていた描写があったかと言われるとこれは描写不足と言わざるを得ません。

しかし「禁止されている過去改変を行った(未来へ戻れば逮捕されてしまう)にも関わらず和子の記憶を消す」というのは矛盾と言っていいほど中途半端です。

話としても最も盛り上がらない展開でしょうし、未来で罰せられかつ和子への愛を諦める(罰せられるという事は当然時間遡行の研究はできなくなるので)という何とも理解し難い選択。

そもそも地震をなかった事にしている時点でなんでもありというレベルを逸脱していますが、私はこのラストにただ呆然としました。アニメ版の映画はあんなにロマンチックだったのに。

 

時をかける少女はホラー作品だった?

そういうわけで期待して読んだのですが、話としてはなんとも中途半端で肩すかしを食ってしまいました。しかしこの作品は名作、作者は日本小説界の大御所という評価を耳にします。なぜなのでしょうか。

それはこの作品がホラーとしての側面を持っているからだと思いました。和子が最初にラベンダーの匂いを嗅いで倒れた時、こう描写されています。

ラベンダーのにおいには、何か、もっとほかに思い出がある……。もっとだいじな思い出が……。だが、和子には思い出せなかった。

 

繰り返しますがこれは最初に倒れた時です。タイムリープが使えるようになる0週目の話。にも関わらず和子はラベンダーの香りについて何か思うところを感じています。

そしてラストの表現がこちら。

このにおいをわたしは、ぼんやりと記憶している……。和子はそう思う。——なんだったかしら?このかおりをわたしは知っている。甘く、なつかしいかおり……。いつか、どこかで、わたしはこのにおいを……。

 

ラストでも似たような表現。これは「記憶は消されているけどなぜかその想いをラベンダーの香りでほのかに思い出す」という切なさを演出したものと思われますが、個人的には違う解釈をしました。

0週目ですでに和子はラベンダーにまつわる想いを感じています。なぜラベンダーの香りを覚えていたか、それは0週目ではなくすでに何千回も何万回も繰り返されてきた「n週目」の出来事だったから。

つまり記憶は消されてもループは解除されておらず、未来に帰ると罰せられてしまう一夫が考えた妥協案により永遠に青春時代を生かされ続ける事になっている。

未来に帰っても研究が続けられない一夫は現代で和子との青春を繰り返しながら薬の研究を続ける。実は主人公は一夫であり、和子は主観性を失っている事に気づけない…

こう考えるとホラー色の強いSFとして考えられるかもしれません。そのラストが明示的にされていないのも不気味さを際立たせるのに一役買っているとさえ思えます。

逆にそうでないと和子が0週目でラベンダーに関して何かを感じているという描写はどうにも腑に落ちません。皆さんはどう思いましたか?

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